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聖書を読む、という大仕事

2018年06月08日
たとえば。
イスラム教の正典は「コーラン」ですが、これはアラビア語でなければなりません。
他の言語に訳されたものは、もはやコーランではないそうです。
また、仏教には様々な宗派があって、中心となる経典は必ずしも同じではありません。
どの宗派も「般若心経」を唱えるわけではありません。(と、聞いています)
そもそも、経典はびっくりするくらいたくさんあって、
お坊さんでも研究者でも、一生かかっても読み切れないのではないか、とも
聞いたことがあります。

で、キリスト教の「聖書」は、というと、
これは異例に親切な正典だと思います。

だって、世界の主だった言語には既に訳されているし、(感謝!宗教改革)
一冊にまとまっています。ページ数に比べればそんなに高価でもない。
買うのも簡単。大きな本屋さんならだいたい扱っています。

ところが、これを読み切ることが大変なんですねえ。

わたしはもちろん読んでいますよ、毎日。牧師だもん。
一日に、旧約聖書を3章、新約聖書を1章読み続けると、
一年かからずに全部読むことができます。
その他に説教準備とか諸集会の準備でもあれこれひっくり返して読みます。

でも、調べ物のために読むのと、自分のために読むのとは少し違います。
朝、祈りをもって読む時は、「この時間は神様への応答、捧げもの」と思って読んでいます。
忙しい生活なのでそんなに長い時間ではありません、読むだけなら長くても10分くらい。
そして、耳が開かれますように、心が開かれますように、と祈りつつ、
たったこれだけでも、神様にお献げする時間が与えられて良かった、と感謝しつつ、
「通読一覧表」に読み終わったところのしるしをつけて、
一日が本格的に始まるのです。

この短い時間が、どれほど自分を助けてくれているか、
しみじみと思います。
聖書を読む、って、言うのは簡単ですが、習慣になるのは難しいかもしれません。
でも、この大仕事は必ず必ず魂の養いになります。
何より神様が喜んでくださること。

一人でも多くの人が、一章でも二章でも、一文でも、
聖書に触れてほしいなあ。
そして!既に読んだ、今も読んでいる方は、ぜひぜひ
この素晴らしさを言葉と行動に変換してくださいね。

澤田直子


牧師のつぶやき