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命のパン 8月7日 中高科週報より

2011年08月16日
私の最近のブームは、カレーです。夏に食べるカレーが美味しくて、よく食べています!
そして最近私の職場の近くに出来たカフェにお皿を持っていくと、
カレーをテイクアウトする事ができて、いつもはお弁当なのですが、
週に一度くらいの楽しみにしています。
職場仲間とマイお皿を持って、「お願いします!」と言ってお皿を渡して、
カレーをいれてもらいます。
出来あがるまでの間、わくわくしながら待つ時間が楽しみであります。
なぜ楽しみなのかというと、それはその与えられるカレーが良いものであると言う事を
知っているからではないでしょうか? 
神様から頂くみ言葉も食べ物のように、美味しく、
良いものであって、私たちに必要なものです。
からだに食べ物が必要なように、たましいにも食べ物が必要なのです。
イエス様は「わたしがいのちのパンである」と言って、
ご自分が私たちのたましいを生かし、養うお方であると宣言されたのです。
パンはイスラエルの人々の主食で、欠かすことのできないものでした。
礼拝の『主の祈り』の中で「日ごとの糧を今日も与えたまえ」と祈りますが、
「糧」と訳されているのは、もともとは「パン」のことです。
主の祈りは、ご馳走を求める祈りではなく、
「パン」を、なくてならない、きょう一日の食べ物を求める祈りなのです。
イエス様がご自分を「パン」と呼ばれたのは、
イエス様が、私たちのたましいにとって、
あればいいが無くても困らないようなお方でなく、
無くてはならないお方、このお方から離れては、
生きてはいけないお方であることを教えるためだったのです。

皆さんもまずは「主の祈り」を毎日お祈りする事で、
神様から命のパンを与えて頂きましょう。
このパンは毎日私たちになくてはならない「命のパン」なのです。

                      文責:Yuri
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