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2018/08
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キリスト教式のご葬儀
暑さのせいでもないと思いますが、ご葬儀が続いています。

7月の終りに1件、今週末に1件。
どちらもご高齢の方でしたから、ある程度の覚悟はあったものの、
人ひとり天に送るのは、やはり大仕事であり、寂しさがつのります。

教会でのご葬儀の場合、
参列される方の大部分が「初めて教会に来た」ということもあります。
葬儀式で歌われる讃美歌や聖歌を、ほとんどの人が知らないことも。
特に最近好まれている「家族葬」が行われると、
ご遺族がクリスチャンではない場合、讃美歌を歌うのは牧師だけ、
ということもあり得ます。

それでも、参列してくださった方の大部分が、
「キリスト教の葬儀はいいですね」と言ってくださいます。
牧師の説教や遺族や友人の「感話」では、召された方の思い出が語られ、
最後は参列者皆で、棺を花で飾り、ご本人を主役に進められる式だからでしょうか。

キリスト教では「死」をケガレとはとらえませんから、
お清めの塩や、お酒の振る舞いはありません。
むやみにしめやかさを演出したり、悲しみを盛り上げたりせず、
悲しみの中にもどこか明るさがあり、わたしの感覚では
「葬儀」というよりも「お見送り」に近い気がします。

生きるものすべてに訪れる「死」もまた神様の御手の内にあり、
信仰者にとっての「死」は次に神様のもとで会うまでの、一時の別れです。

「四十九日のような法要はどうするのですか」と聞かれることがあります。
キリスト教では、「死」を「召天」と言い表すように、
住まいが地上から天に移ったと考えますし、
ご本人は神様の御許で何の心配も不自由もないはずです。
残された者が、召天者を心配して追善法要的なことをする必要はありません。

でも何もしないのも寂しいので、「記念会」として、節目の時に(一か月とか一年とか)
集まって、思い出を分かち合いながら食事会やお茶会をすることもあります。

そういう機会がなくても、教会の暦には「聖徒の日」があり、
年に一度、その教会に集っておられた方々を思い出し、
今も共に歩む思いを持って礼拝を献げる日となっています。
つまり、教会が存続する限り、祈りが捧げられるのです。

墓前礼拝も「聖徒の日」と「イースター礼拝」の日に奉げられるので、
たとえ後に続く子孫がいないという方でも、無縁ナントカにはなりません。
教会は、ひとつの大きな家族なのです。

キリスト教と聞くと、「外国の」とか「小難しい」とか
拒否反応を示す方に、こんなことも知ってほしいなあ。

澤田直子

プロフィール

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小松川教会ホームページ委員会

Author:小松川教会ホームページ委員会

小松川教会は、「聖書は神の言葉、全人類にとっての救いの言葉」と信じる健全な聖書信仰に立つプロテスタント教会であり、全国に約1700余教会ある日本基督教団に属しています。

モルモン教、ものみの塔、統一教会とは一切関係ありません。
澤田武主任牧師

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