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2017-07-26(Wed)

理想が邪魔をする!

「理想の自分」って、持っていますか?

聖書を読んでいると、
紀元1世紀ごろのユダヤ人が救世主を求める気持ちは、
本当に、とんでもなく強かったんだなあ、と思わされます。

でも彼らは、イエス様をメシア(救世主)と認めることは
絶対にしませんでした。
それどころか、十字架につけて死なせてしまった。
これは、ユダヤ人が長い年月をかけて造り上げてきた
「理想のメシア像」があって、イエス・キリストはその理想像とは
ずいぶんと違っていたからだと思います。

何が言いたいか、といいますと。

わたしたちは「理想のわたし像」を持っている。それはいいのです。
理想像に向かって努力するのは悪いことではありません。
注意しなければならないのは、理想像は実像ではない、ということ。
実際には存在しないものですから、どこまでも膨らみます。
そして、まだ届かない、まだ駄目だ、と、
決して満たされない努力を続けることになる。
現実の自分を、理想像から引き算してしまいます。
リアルな今の姿を見ないで、ありもしない理想の姿だけを
見ても、無いものねだりで満足できるはずがありません。

幸せに生きようとして作りあげてきたはずの理想像が、
幸せに生きることを邪魔するのです。

聖書は、「今、ここ、わたし」を喜んで、大切にしなさい、と
教えてくれます。(はっきりそうと書いてあるわけじゃないけどね)
神さまは、「理想のわたし」を愛しているのではなくて、
今ここにいるわたしを愛してくださっています。
弱くても、貧しくても、小さくても。

とはいえ、おチビのわたしは、洗濯物を干すたびに、
「あと5センチ身長が高かったらいいのに!」なんて
つまらない文句を言ってしまうんですよね・・・
神さま、ごめんなさい。明日は文句いいません!

澤田直子

2017-07-21(Fri)

「できました!」

突然ですが、きんき(魚)を2匹いただきました。

武牧師が、三宅島に応援伝道に行きまして、
一時間の礼拝のために、二泊三日で船に乗って。
そのお礼として、まあ立派な、わたしのような素人でも
「これ、刺身で食べられるやつじゃないかな」と思うようなのを
2匹いただいたんです。

さあ、ここからが問題です。
実はわたくし、生まれも育ちも海なし県栃木県。
高校生の時の調理実習でアジを捌いたのが、
後にも先にもたった一回のおさかな捌き経験です。

でも普段から「やってみてから、できない、って言うものだ」と
子どもたちにも教えているわけで、
ネット検索して、挑戦しました。

結果としては、ちゃんと「きんきの煮つけ」になって、
おいしくいただくことができました。

でも、下手くそな捌き方のおかげで、魚の形はだいぶ崩れ、
わたしの指も細かい傷がいっぱいついて、お風呂でしみること!

食べることは「命をいただく」ことなんだなあ、としみじみと思いました。
うろこを取る時の、すごい抵抗感。でも1枚取れると次々取れること。
そして、隅々までうろこでしっかり覆われていること。
えらをはずす時の「ばりばりっ」というすごい音。
内臓を抜くのに、かなりの力と思い切りが必要な事。

良い体験でした。
だからといって、これからどんどん、お魚をおろします、というふうには
まだ思えないですけれども。えへへ。

澤田 直子
2017-07-08(Sat)

本を読む、ということ。

わたしは自他ともに認める活字中毒の重症患者です。
何でも読んでしまいます。
読むものがない時は牛乳パックのラベルでもいい。
電車の中吊り広告が人に隠れて読めない部分があると、
全く興味のない内容でもイライラします。

知人の話。優秀な女性です。
トップクラスの進学校を出て、社会的にも地位の高い仕事をしています。
ご家庭は温かく、環境も良く、家族の仲もかなり良いように見えます。
が、どういうわけか、彼女は尋常でなく打たれ弱い。
何か言われる度に落ち込む、というようなレベルではなく、
ひっきりなしに褒められていないと不安で居ても立ってもいられない感じ。

ある時、「そういう事ってどこにでも起こるよね」みたいな話から、
だって、これこれの本にもさあ、とかなり有名な本の名前を出したところで、
彼女は、子どもの頃からほとんど漫画も本も読んでいないことがわかりました。
読書感想文のために一年に一冊、しかも後書きだけ読んできた。

そうか。この人は、自分の人生の他は何にも知らないんだ。
だからいつも「これでいいの?」と不安になるのか。

いきなり本を読むのはハードルが高いから、まずは漫画でも読んだら、と
お勧めしました。すると、「それって、現実逃避じゃないですか?」
さらに「時間の無駄だと思ってました」と。

2~3歳の子どもに「おおきなかぶ」を読む。何回も読んでもらいたがります。
彼らは、かぶが抜けなくて困っているおじいさんと、
次々に助けに来るおばあさん、まご、いぬ、ねこ、ねずみと一緒に
かぶを引っ張っているのです。そしてかぶは最後には抜けます、ちゃんと。

本を読む、って、別の日常、別の人生をちょっとかじらせてもらうこと。
そうして、がんじがらめになりがちな心を解きほぐすこと。
あるいは、安全地帯に片足を置いて、はらはらドキドキな体験をすること。

無駄でも現実逃避でもないですよね。
・・・と自分を正当化する。ふふふ。

澤田 直子


2017-07-07(Fri)

「できない」と言う時

子どもであれ、大人であれ、
「いやだ、できない」と感じる時があるものです。

旧約聖書では、モーセが神様から召命を受ける場面で、
何度も何度も「できません」と断ろうとして、
神さまに叱られています。

「できません」は、幾つかの理由を持っています。

①本当に、能力や経験が足りなくてできない、と思われる。
 もしわたしが、サッカーのナショナルチームに入れと言われたら、「できません」が正解ですね。
②チャレンジして駄目だった時のダメージを恐れているので「できません」
 もしあなたが牧師になりなさい、と言われたら、どうしましょうか?
③心と体の状況が整っていないので、考えられない。
 けがや病気の人に、激しい運動は勧められません。
 まだ治っていない何かが心にある時、新しいことには手が出せないものです。

しかし、なんとまた、世の中は、子どもたちに、大人に
「できるようになれ」「がんばればきっとできる」とあおることか。
「できる」という、見える事のみに価値を置こうとする危うさ。

さてさて、本当に本当に、大切にするべきことを
わたしたちはどれくらいわかっているでしょうか?

澤田 直子
プロフィール

小松川教会ホームページ委員会

Author:小松川教会ホームページ委員会

小松川教会は、「聖書は神の言葉、全人類にとっての救いの言葉」と信じる健全な聖書信仰に立つプロテスタント教会であり、全国に約1700余教会ある日本基督教団に属しています。

モルモン教、ものみの塔、統一教会とは一切関係ありません。
澤田武主任牧師

澤田武主任牧師

澤田武主任牧師


澤田直子牧師

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