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小松川教会よりあなたへ

東京都江戸川区北葛西にある日本基督教団小松川教会ブログです。ホームページ委員会が更新していきます。




運動会のこと :: 2018/10/12(Fri)

10月6日土曜日!
白百合保育園運動あそびが!
宇喜多公園で行われました!!!

2年続けて雨で、宇喜多小学校の体育館をお借りしていたので、
今年こそは晴れてほしい、と願っていたのですが、
不肖わたくし、筋金入りの「雨女」なのです。
折あしく台風の影響で・・・前の日の午後遅くまで雨が降り、
「これはダメかも、いやダメだろう・・・」とほぼあきらめたのですが。

朝になったら、すっきりと晴れていたのです。
久しぶりの戸外での「運動あそび」ああ、良かった。
やはり開放感があり、マーチングも、綱引きもリレーも、場所を広くとれるし、
写真を撮る保護者の方たちも、自由にあちこち動けましたし、
本当に良かったです。

ただ、だんだん暑さが厳しくなり、こんがりと日焼けしてしまいました。
次の日曜日、教会の方々に「先生、二人してどこ行ったんですか?ハワイ?」
と冗談半分に聞かれて、「宇喜多公園ですぅ~」

でもいいんです。外でできたから。

運動あそび、「はこぶね」(年長児)クラスの子どもたちは、
何をやるのも、もう、これが最後。気合が入っていました。

0歳1歳の子どもたちは、きっと覚えていないだろうな、とは
思いますが、でも、心の底のほうに、
楽しさとか緊張とか、「思い」が何かしら残ると思います。

子どもが大きくなる、って当たり前のようですが、
その当たり前の中に祈りがあり、感謝があり、ドキドキわくわくがある。

丁寧に生きよう、という気持ちにさせられます。
・・・って、実際に子どもと接している時には、それどころじゃないんですけどね。

澤田直子

  1. 牧師のつぶやき

子どもを育てるのは? :: 2018/09/20(Thu)

小松川教会には附属白百合保育園があります。
2016年4月に赴任してから、
火曜日から金曜日の午前中は、保育の現場で
子どもたちと過ごしています。

キリスト教会では、一つには伝道のため、
また、社会に貢献する活動として、
幼児施設を運営しているところが結構あります。

つい2,3日前に、若い男性牧師と幼児施設について話していた時、
「直子先生は、保育園のように長時間子どもを預かる施設について、
反対ですか、賛成ですか?」と聞かれました。

思わず、うーん、と考えてしまった。

うちの保育園は延長保育をしていません。
それでも、朝は7時半から、夕方は6時半まで、子どもを預かります。
こんなに長時間、親と離れていて、
子どもにまっとうな愛着感情が育つのだろうか、と思わないこともない。

でも場合によっては、様々な事情で家庭の中が、
子どもが育っていくにはちょっと厳しい、という時だってあります。
そして日本って、特に母親に対しての目が厳しいと思うのです。

お母さんが大きなプレッシャーの中で、子どもと二人っきりで
一日を過ごすことで、イライラして荒々しい態度になることもあるでしょう。
それくらいなら、大勢の子どもにまぎれて、おもちゃもたくさんあって、
栄養バランスの良い給食も出る保育園のほうが、
子どもにとってはいいのかもしれない。
土日は家族といるわけですし。

けっこう、その場にいた牧師数名と、真面目に話しました。
後になって、自分の中で出た結論は、というと。

保育園の良しあしや、子どもの育ちについての考えは、
それなりにあるけれども、それを正しいとか悪いとかは、簡単に言えません。

でも、目の前に、ひとりの子どもがいるならば、
できることでかかわっていきたい、と思うのです。
わたしは牧師だから、
あなたは神様に愛された子どもだよ、大丈夫だよ、と
よーく、分からせてあげたい。
それだけだなあ、できそうなことは。

澤田直子


  1. 牧師のつぶやき

神様の家族、ハレルヤ! :: 2018/08/18(Sat)

今週半ばにご葬儀があり、さすがに少し疲れが出ました。
ところが、思いがけない嬉しいことがあって、
神様ってすごいなあ、と感謝しているところです。

そう、クリスチャンには「偶然」はありません。
事の大小を問わず、全ては神様のご計画と信じます。

保育園の午後のミーティング、武牧師の受洗準備の学び会も終わり、
あとは週末の、保育園からの報告を聞いて一緒にお祈りする時を待ちつつ、
印刷物の準備などしている時に、来訪者がありました。ピンポーン!

平日は圧倒的に保育園へのご用の方が多いので、
あ、誰か来ましたね~、くらいの気持ちで顔を上げたら!!!
前任教会の青年がニコニコと立っているではありませんか。
結婚を前に、結婚カウンセリングまでは終わらせて(楽しかった)
結婚式は5月の予定でしたから、後任の牧師にお願いして、
じゃあね、またね~と、わたしたちは小松川教会へ来たのでした。

その後、年賀状のやり取りはあったものの、
彼は前途洋々、某有名企業のエンジニアで、今は双子のパパとなれば、
公私ともに充実た生活、忙しいであろうことは目に見えています。
まさかここまで会いに来てくれるとは思わなかったのです!

葛飾区にあるご実家に帰省して、葛西臨海公園に遊びに行き、
帰りに寄ってくださったのでした。嬉しかったなあ。
お子さんは後部座席でぐっすり。
これから栃木県まで運転して帰る、ご自分にも疲れがあったでしょうに。
子連れで動くのは大仕事。付き合ってくださった奥様にも感謝、感謝。

「教会」という組織に、時に疲れを覚えたり、
やはり人間の集まりですから、言葉や感情のやり取りに
心が波立ち、困り果てることもあります。
でも、それは家族だから、心が近いから仕方ない。
「関係ない」人だったら何でもないことでも、
関係が深いほど、近いほど、心が揺れ動くものです。

その分、こんなふうに、思いがけない出会いと喜びがある。
特に、7月末からお別れが続いていただけに、
神様から「別れと出会いは同じ数あるはずだよ」と
教えていただいたような気持ちになりました。

澤田直子





  1. 牧師のつぶやき

キリスト教式のご葬儀 :: 2018/08/09(Thu)

暑さのせいでもないと思いますが、ご葬儀が続いています。

7月の終りに1件、今週末に1件。
どちらもご高齢の方でしたから、ある程度の覚悟はあったものの、
人ひとり天に送るのは、やはり大仕事であり、寂しさがつのります。

教会でのご葬儀の場合、
参列される方の大部分が「初めて教会に来た」ということもあります。
葬儀式で歌われる讃美歌や聖歌を、ほとんどの人が知らないことも。
特に最近好まれている「家族葬」が行われると、
ご遺族がクリスチャンではない場合、讃美歌を歌うのは牧師だけ、
ということもあり得ます。

それでも、参列してくださった方の大部分が、
「キリスト教の葬儀はいいですね」と言ってくださいます。
牧師の説教や遺族や友人の「感話」では、召された方の思い出が語られ、
最後は参列者皆で、棺を花で飾り、ご本人を主役に進められる式だからでしょうか。

キリスト教では「死」をケガレとはとらえませんから、
お清めの塩や、お酒の振る舞いはありません。
むやみにしめやかさを演出したり、悲しみを盛り上げたりせず、
悲しみの中にもどこか明るさがあり、わたしの感覚では
「葬儀」というよりも「お見送り」に近い気がします。

生きるものすべてに訪れる「死」もまた神様の御手の内にあり、
信仰者にとっての「死」は次に神様のもとで会うまでの、一時の別れです。

「四十九日のような法要はどうするのですか」と聞かれることがあります。
キリスト教では、「死」を「召天」と言い表すように、
住まいが地上から天に移ったと考えますし、
ご本人は神様の御許で何の心配も不自由もないはずです。
残された者が、召天者を心配して追善法要的なことをする必要はありません。

でも何もしないのも寂しいので、「記念会」として、節目の時に(一か月とか一年とか)
集まって、思い出を分かち合いながら食事会やお茶会をすることもあります。

そういう機会がなくても、教会の暦には「聖徒の日」があり、
年に一度、その教会に集っておられた方々を思い出し、
今も共に歩む思いを持って礼拝を献げる日となっています。
つまり、教会が存続する限り、祈りが捧げられるのです。

墓前礼拝も「聖徒の日」と「イースター礼拝」の日に奉げられるので、
たとえ後に続く子孫がいないという方でも、無縁ナントカにはなりません。
教会は、ひとつの大きな家族なのです。

キリスト教と聞くと、「外国の」とか「小難しい」とか
拒否反応を示す方に、こんなことも知ってほしいなあ。

澤田直子



  1. 牧師のつぶやき

夫婦で同じ仕事をする話 :: 2018/07/24(Tue)

・・・暑いですねえ。
もう、どこで誰と挨拶しても、「暑いですね」が枕詞になってる。
今朝の新聞では、「災害級の暑さと認識」という大見出し。

日曜日の夜から、武牧師は三宅島へ行っています。
帰りは火曜日の夜。たぶん10時過ぎるでしょう。
三宅島には伝道所があって、月に一度夕礼拝を行っていますので、
東京教区東支区の牧師が数名、交替で応援に行っています。
小松川教会は2名の牧師がいますので、武師がそのメンバーに入っているのです。

教会に2名以上の牧師がいることを「複数牧会」と言います。
大きな教会では、3人4人と牧師がいることもありますが、
ほとんどは夫婦どちらも牧師、というケースが多い。うちもそう。

365日24時間(はオーバーだけど)一緒です。仕事も家庭も一緒。
・・・と言うと、時々「わあ、いつもご一緒でいいですねえ、うらやましい」
なんて言われますけど、どうでしょう?いいでしょうか?
ホントにうらやましいのかな?
けっこう、大変ですよ、これ。

教会って、というか宗教界は男性社会でして、
今でも女性教職は説教をしない、なんていう教派教会もありますが、
わたしたちは最初から、説教はイーブンです。
講座など教育系は主に直子が、教区や教師会など外系は武が、
これは相談したわけではありませんが、自然にそうなりました。

で、何が大変なのかといいますと。
大変な時期がピタリと重なるわけです。(そりゃそうだ)
どっちかをどっちかがフォローする、ということがない。
あなたの手伝いまで手が回りません、自分のことで精いっぱい、となる。

ですから、一緒に、同じ仕事をしていても、
案外、協力関係にはないのです。後方支援とか、補給支援とか、しない。
もしかしたら、家事に関しての方が、話し合い助け合っているかもね。

少し前に、武牧師の洗濯物の干し方にケチをつけました。
そうしたら武君、おへそを曲げて「もう洗濯干しやんない!」と言いました。
それで直子ちゃんは、「それなら、もう武君の原稿の推敲やんない!」と言いました。
武君は「ごめんなさい、明日も洗濯物干させてください。」と謝りました。

・・・ま、こんな程度ですよ、牧師ったって。
いや、ちょっと待てよ、こんな程度はうちだけで、
よその夫婦教職はもっと助け合って、補い合っているかもしれない。
澤田家限定の話としてお読みくだされば幸いです。ふふふ。

澤田直子





  1. 牧師のつぶやき
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