イースターの真実
先日、伸びた髪を切りに行った美容室で。
ちなみに、わたしはどこでもできるだけ「キリスト教の牧師」であることを
表明しています。ここでも、美容師さんはわたしを「牧師」と認識して
話してくれています。

「イースターって、ディ〇〇ーランドのイベントだと思ってました」(美容師さん)
「ねー、テレビのコマーシャルでもガンガン流れますからねー」

イースターがどんなお祭りだと思っていたか聞いてみると、
・春が来たことを喜ぶお祭りに違いない!
・だから、4月になったらやる(4月の何日かはわからない)
・バレンタインのチョコレート、母の日のカーネーションのように、
 卵をプレゼントしたり、みんなで食べる。

・・・ちょっと説明が難しい、と思いつつも、
「十字架で死んだイエス様が、三日目に復活されたことをお祝いする日」
「移動祝日なので、3月の終りから4月の後半まで、その年によって違う」
「キリスト教の礼拝が日曜日なのは、主の復活の日だから」
「卵は、固い殻の中に命があることから、復活のシンボルになった」
などなど、話しました。

わたしたち牧師もそうですが、クリスチャンの皆さんも、
クリスマスやイースターは伝道のチャンスだ、と思いつつも、
あまりにも世俗化してしまって、「かえって難しいなあ」なんて
思いませんか?

わたしも、聞いてくださるのをいいことに話しつつも
「この方は美容師というお仕事の一部分として、客である私の話を
 聞いてくれているのだから、調子に乗らないように・・・」なんて
つい、考えました。

教会でなら、十字架の贖い、罪の赦し、復活によって永遠の命を
与えられていること、絶対に伝えなければならない福音を、
美容室ではさらりと流すように話してしまいました。

つまり、自分が救われた、という証しよりもむしろ、
キリスト教の教義を説明するかのように。ちょっと自己嫌悪だなあ・・・

それでも、一人がイースターの本当の意味を知ってくださった、
その機会を与えてくださった神さまに感謝!です。

澤田直子
【 2018/04/17 15:01 】

| 牧師のつぶやき |
そして、入園式
昨日は、近隣の小学校の入学式でした。
卒園した子どもたちが、凛々しくランドセルを背負った姿を
見せに来てくれました。

そして、今日は保育園の入園式。
とはいえ、新入園児はすでに慣らし保育に入っています。
この年度は、様々な事情で新入園の子どもさんが多く、
保育園では毎日泣き声が響いています。

0歳児よりもむしろ2歳児の方が泣くなあ・・・なんて、
3年目になったわたしも少し慣れて来ました。
一日中、お母さんが来るのを窓に張り付いて待っている子、
最初こそ泣いたけれども、少しずつ遊びだす子、
家にはないおもちゃに目を輝かして、夢中になる子。
いろいろです。

どんな子どもも、初めての保育園生活は大変だと思います。
不安、切なさ、やりきれなさ、無力感、いろいろな気持ちが
混ざりあって涙になるのでしょう。

そういう中で、一生懸命に
保育者に自分の気持ちや要求を伝えようとして
言葉も出てくるし、表情や動作も豊かになっていきます。

これからの一年間、この子たちはどんなふうに
大きくなっていくんだろう。楽しみです。

翻ってわが身を鑑みると、
これからの一年でさらに衰えが進み・・・あわわわ。
聖書には、子どものイエス様が「知恵は増し、背丈は伸び」と
書かれているのですが、ワタクシの場合は大分前から
「白髪は増し、背丈は縮み」なんです~。

来週からは、子どもたち全員と合同礼拝が始まります。
さあ、何のお話をしようかな。
子どもたちのやわらかい心に、神様の愛が真っ直ぐに届きますように。
祈りつつ。

澤田直子


【 2018/04/07 16:53 】

| 牧師のつぶやき |
保育園の卒園式
3月17日、保育園の卒園式が行われました。
教会堂で、パイプオルガンの奏楽の中、卒園生入場。
自分の子どもでもないのに、というか、だからこそか、
立派に育った年長児を見て、感無量でした。

わたしは、卒園式の準備(練習)では、
2歳児クラスの子どもたちを並ばせたり
移動させたりましたが、本番の日は牧師として
正装で前に座るので、一緒にはいられません。
○○君は大丈夫かなあ、○○ちゃんは・・・と気になって、
ついつい、そっちばかり見てしまいました。

でも、普段はなかなかじっと座っていられない子も、
この時ばかりは神妙な面持ちで、
卒園児をじっと見ていました。
いつもと違う雰囲気の中ではよく泣いてしまう子も、
しっかりと卒園児を送る言葉が言えました。良かった!

とはいっても、ここは保育園ですから、卒園式が終わっても
年長児は、週が明ければ、またいつものように登園してきます。
3月30日まで、(31日までの子も)保育園生活は続きます。
子どもたちにとっては、お家ですごすよりも
もしかしたら長い時間を過ごしたかもしれない保育園。
それも、あと何日かで終わりです。

『いっぱい覚えた讃美歌、ゴスペルソング、聖書のお言葉、
みんなみんな忘れません』(お別れの言葉より)
・・・忘れないでね。

澤田直子

【 2018/03/20 14:03 】

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3月11日
あの未曽有の大震災から丸7年が経ちました。
2011年3月11日、わたしは栃木刑務所のキリスト教教誨を
終えて、車で宇都宮に帰る途中でした。

電信柱がヤシの木のようにわさわさと揺れ、
道路は波うち、2車線の道路で隣を走っていた
軽トラックがずずっと滑ってきました。

思わず「神様、これは再臨ですか!?」と声に出てしまい、
次に栃木県には時々ある竜巻とか強風に巻き込まれたか?と思い、
ラジオをつけようとしたのですが、スイッチを押すだけのことが
なかなかできず、「こういう時は車を路肩に止めるんだったか?」
と思っても、実際にはどの車もゆっくりと走っていて、
その流れに合わせて走っているうちに、信号が次々に消え・・・
普段は1時間弱で帰れるところを2時間半かかって帰りつきました。

教会では内外の壁が崩れ落ちたり、本や書類が宙を舞っていた
ものの、人的な被害は、幼稚園も含めてゼロでした。これには大感謝。
その日は朝から疲れ切っていて体調が悪く、
「帰ったら2、3時間寝る」と言って出かけたのですが、
もちろんそんなことはできず、瓦礫の片づけに精出しました。

しかし後々テレビでの報道を見ると、東北地方の被害は
想像を絶するもので、言葉を失うとはこのことか、と思いました。

その後の5年のあいだに、牧師の研修で2回宮城と岩手に、
私的な旅行で2回、福島に行きました。
何もできない者に対して、地元の人々が
「来てくれるだけでいい、忘れないでくれればいい」と
温かい笑顔を見せてくださいました。

それから7年の間には、日本各地で大きな災害が起こりました。
あまり深くは考えずに、日本で生まれ育ちましたが、
ここはこういう国なんだ、火山があって、地震が起こって、
台風が来て、ゲリラ豪雨がある、そういうところに
わたしたちは生きているんだなあ、と思います。

そういう国に生きる者としての「祈り」、「信仰」、
そんなことを改めて考えています。
結論は・・・
今日を一生懸命に生きる。今できることをする。
出し惜しみはしない。
はい、わりと平凡なところに行き着きました。

特に、今日明日誰かとの別れがあったとして後悔しないように、
今日出会う人に笑顔と愛の出し惜しみはしない!と心に決めています。
(実行できているかどうかはまた別の問題なんですけれども)

澤田直子
【 2018/03/13 09:11 】

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オリンピックあと少し
自分ではスポーツらしいスポーツはしませんが、
見るのはわりと好きです。
平昌オリンピックはわくわくと楽しみにしていましたが、
前半は私自身がインフルエンザBでダウンし、
少ししか見られませんでした。残念。

熱が40度を超えたのを見た時は、思わず
「あ、K点こえたかも・・・」なんて、多少はオリンピックの気分だったのかも。

一番好きなのは、フィギアスケートです。
これは昔々から大好きで、テレビ放送がろくにされなかったころから、
家にビデオが無かったころも夜中に起きて見ていました。
ボイタノのイーグルに(わかる方はお友だち)興奮し、
キャンデロロのストレートステップにメロメロになっておりました。

・・・というと、じゃあ羽生結弦選手、と言われそうだけど、
実は違うんですね。宇野昌磨くん。ジュニア時代から気になっていました。
それから、メダルを争うような選手ではないかもしれないけど、
ミーシャ・ジーとか、ジェイソン・ブラウン、今年はアダム・リッポンも良かったな。

どんな競技でも、スポットライトの当たる選手の他に、
きっと、通好み、というか、良い選手がたくさんいるんだろうな、と思います。
仕事や人生も同じことで、別に金メダルじゃなくてもいいんですけど、
やっぱり納得できる、やってよかった、と思える歩みでありたいなあ。

トップの技術やスピードに目を見張るのもいいけど、
最初の方に出てきて、予選だけで終わる選手も、
それはそれで何か素敵だな、と思ったことでした。

もうすぐ終わっちゃう平昌オリンピック。
メダル報道もいいんですけど、もうちょっと、選手や競技のことを詳しく
教えてほしいな。
そして、個人的には冬の競技のパラリンピックがとても楽しみです。

澤田直子


【 2018/02/22 14:07 】

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